石垣、塀や植裁の基礎、玄関前のアプローチの叩きなどには、河原から採取された玉石がよく使われています。このような玉石は、どこから採取されているのか、どこの河川から運ばれたものが多いのかを、市域全域に亘り調査しました。調査は平塚地質調査会の会員有志の協力を得て行いました。その結果をここで紹介しましょう。
玉石から採取された河川を推測するには、玉石の種類と形・大きさが決めてとなります。種類は流域の地質を反映しているので、神奈川県西部(主として丹沢山地)の地質と密接な関係があります。相模川系では、緑色系の凝灰岩類や火山岩類(丹沢山地起源)と、灰色系及び黒系の砂岩や頁岩(小仏山地起源)がほとんどで、ごま塩状のみかげ石(トーナル岩・西丹沢起源)や黒色多孔質の玄武岩溶岩(富士火山起源)が幾分含まれています。色調としては余りカラフルではありません。
これに比べて、酒匂川の川原石は、色合いが綺麗で、緑系・白系・黒系の三色混合型です。緑色系は凝灰岩類、火山岩類、変成岩類(丹沢山地起源)であり、白系はごま塩状のみかげ石(トーナル岩・西丹沢起源)、黒系は玄武岩溶岩(富士火山起源)で、ほぼ3割ずつ含まれています。相模川も酒匂川も比較的、良く円磨されています。相模川では厚木市上依知より上流から、酒匂川では山北町谷峨~松田町付近で採取されていたようです。
市域を流れる金目川やその上流の水無川の玉石は、全て秦野盆地北部の表丹沢からもたらされたものなので、緑系の凝灰岩類ばかりが目立ちます。火山岩は含まれますが、ごま塩状のみかげ石や、富士溶岩はありません。丸さもかなり角張っています。
丹沢湖を流れる酒匂川の支流である河内川では、西丹沢の緑系の凝灰岩類・結晶片岩と、ごま塩状のみかげ石からなります。丸さは角張っていて金目川・水無川の石に似ていますが、変成を受けて生じた結晶片岩が多量に含まれているという特徴があります。ごま塩状のみかげ石を意図的に排除した河内川系の石垣では、水無川系と間違えていることがわかり、再調査を余儀なくされました。
ところで、玉石調査の途中で、相模川系の玉石だと思っていたものが、どうも相模川ではないのではないかという疑問もわきました。緑系の凝灰岩類の中に、緑色玄武岩が多量に含まれていたからです。よく見ると、白色の石英質の岩石や、粗い砂岩や礫岩も含まれていました。こうした組成の玉石は流域のものではなく、富士川から運ばれてきたものであることがわかり、富士川の現地を調査したところ、山梨県身延町の富士川河原から現在も採取していることがわかりました。巨摩山地や御坂山地は丹沢山地と同様の時代の凝灰岩や溶岩からなり、四万十帯の砂岩や頁岩もあって、相模川と良く類似した組成を示すものでした。相模川系と判断した玉石も再調査となり、最初に相模川系とした大部分が富士川系であることがわかりました。神奈川県の河川砂利の採取が昭和39年に禁止となってから、現在では大量に富士川の玉石が利用されています。
こうして調べた結果をまとめると、市域の玉石の40%は酒匂川系のものでした。相模川系の玉石は相模川に沿った神田や八幡などに残り、金目川・水無川系の玉石も金目川に沿った地域に比較的みられます。丹沢湖の水没地域から搬入された河内川の玉石は市全域に20%程確認できました。何気なく見過ごしている玉石からも、こうした流域の情報を得ることができるのです。
写真:典型的な酒匂川の玉石を使った基礎(市内広川 善福寺)
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