自然探偵と姿を消す鳴く虫 (2007.10)
探偵「みんなに聞きたいんだけど、『虫の声』っていう歌を聞いたことがあるかな。『あれ松虫が 鳴いている ちんちろ ちんちろ ちんちろりん あれ鈴虫も 鳴き出した りんりんりんりん りいんりん 秋の夜長を 鳴き通す ああおもしろい 虫のこえ』という歌詞(かし)で、小学唱歌(しょうがくしょうか)と言って小学校で必ず習った歌なんだけど。」」
博「それなら聞いたことあるよ。確か、おじいちゃんかおばあちゃんが歌っていたような気が・・。」
物子「そうよね。少なくとも、私たちの親の世代の歌じゃないわね。」
探偵「そうか、そうなるか。世代の差を感じるね。それはともかくとして、この歌に出てくる、マツムシやスズムシのことは知ってるのかな?」
物子「失礼ね。スズムシくらい知っているわよ。学校でも飼っていたことがあるわ。リーンリーンと鳴く虫でしょ。」
博「ぼくもスズムシは、飼ってるのなら見たことがあるな。マツムシも名前だけなら知ってるけど。」
探偵「そうだろうね。小学唱歌に出てくるくらいだから、昔は身近な虫だったのが、今ではなじみのない虫になってしまった。なぜそんなことになったのか、今日は考えてみよう。『虫の声』の歌の2番には、クツワムシやウマオイが登場するんだけど、これもまた、姿を消しつつある鳴く虫なんだ。まずは、それぞれの鳴く虫が、平塚ではどのへんで声が聞かれるかの地図を見てもらおう。今から10年くらい前に調べた記録だから、少し古いデータだけどね(『平塚市における夜鳴く虫の分布』(自然と文化,21:21-40.平塚市博物館)による。」
→ 木の上にいる鳴く虫
→ まばらな草地の鳴く虫
→ やぶや深い草むらの鳴く虫
博「ふーん、なるほど。」
物子「博君、何か分かったことがあるの。私が気づいたのは、平塚中で声が聞こえる鳴く虫もあれば、一部にしかいない鳴く虫もあるっていうことくらいかな。」
博「そうなんだけど、どんな虫が一部でしか見られなくなったのかを考えてみたんだ。そういう虫は、クツワムシとマツムシだよね。そうすると、市街地の方にはやぶや深い草むらがなくなっているということなのかと思って。」
物子「そうね。公園にも草は生えているけど、芝生のように草たけが低いし、よく刈り込まれているわね。きっと、クツワムシやマツムシは、何度も草刈りをするような場所は苦手なのね、きっと。」
博「エンマコオロギやツヅレサセコオロギの場合は、もともとまばらな草むらが好きだから、そういう場所でも行きていけるので、公園や空き地でも見られるわけだね。」
探偵「じゃあ、カネタタキやアオマツムシは、なぜ市街地にも多いんだろう。」
博「木の上の鳴く虫は、市街地にも多いのがなぜかということだよね。」
物子「街の中にも、公園とか街路樹とか庭木とか、けっこう木が生えているからじゃないの。」
博「そうか、やぶや深い草むらはなくても、木は多いよね。」
探偵「なかなか鋭い結論が出そうだね。君たちの考えた通り、市街地にも樹木は多いから、カネタタキやアオマツムシのように一生木の上でくらす虫は案外と不自由しない。ここで大事なのは、一生ということで、そのことを逆に教えてくれるのがヤブキリだね。ヤブキリの場合は、成虫は木の上にいることが多いけど、卵は地面に産むし、幼虫は草むらで過ごしている。だから、木があるだけじゃなくて土の地面や草むらがないと生き続けられないんだ。ヤブキリの分布図を見ると、市街地にはほとんどいなくて、川の土手だけに点々と見られているね。土手には、木だけでなくて土や草むらがあるからヤブキリにとっては暮らしやすいということだろう。」
博「鳴く虫をふやそうと思ったら、木の緑をふやすだけじゃなくて、草の緑もふやさないといけないということだね。」