平塚市博物館公式ページ
−平塚の街でみられる地球の歴史−
火山岩類4 (箱根溶岩[小松石])
▲本小松石 (複輝石安山岩) | ▲本小松石の採石場 |
神奈川県足柄下郡真鶴町岩産 | 神奈川県足柄下郡真鶴町岩 |
箱根火山 古期外輪山溶岩 | |
本小松石は、真鶴駅北西側の山麓緩斜面を構成する古期外輪山溶岩の内の1枚の溶岩で、厚さ40m以上あります。灰色緻密の複輝石安山岩で、斑晶鉱物として斜長石をわずかに含みます。流理構造はほとんど認められず、柱状節理がよく発達します。本小松石は墓石・間知石・割栗石・砕石に使用されています。東海道線より山側の真鶴町岩地区で20余社が現在でも採掘しています。真鶴半島産の新小松石に比べて、より緻密で細粒なのが特徴です。 | |
▲ 新小松石 (複輝石安山岩) | ▲新小松石の採石場 |
神奈川県真鶴町真鶴 道無海岸産 | 神奈川県足柄下郡真鶴町真鶴 |
箱根古期外輪山溶岩 16〜17万年前 | |
新小松石は真鶴半島を構成する溶岩で、厚さ約50mあります。本小松石に比べてややきめが粗く、斑晶鉱物として斜長石を多く含む複輝石安山岩です。流理構造がしばしば認められます。真鶴岬の溶岩(新小松溶岩)は、その上に重なるローム層の大磯丘陵との対比から、約16〜17万年前に流出したものと考えられています。 かつて真鶴半島部には数多くの丁場がありましたが、現在では採掘されていません。建築・土木・庭石など広い用途に利用されています。 |
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▲ 箱根火山の溶岩を用いた小田原城 | ▲真鶴の石材業の歴史を刻む「石工先祖の碑」 |
小田原市栄町 | 真鶴町岩 |
箱根古期外輪山溶岩 | |
中世の北条氏の築いた小田原城は土累・空堀で構成された城でしたが、徳川幕府が開かれたのちの寛永9年(1632)に、稲葉正勝が小田原城に入ってから、半世紀に亘る小田原城の土木建築工事が開始され、現在に見る石垣積みの小田原城となりました。小田原城の最古の石垣は、前期大久保氏時代のもので17世紀初頭のものといわれます。 | 「石工先祖の碑」によれば、真鶴の石材の採掘は、保元平治の乱後(1160頃)、土屋格衛が始めたとされ、その後筑前からの石工により発展しました。古くは鎌倉市材木座海岸の和賀江島(鎌倉期の港)や、鎌倉極楽寺の「忍性の墓」などに真鶴の石材が現存しています。真鶴が石材の産地として発展したのは、江戸時代以降に小田原城や江戸城の改修工事に多量の石材を供給してからといわれます。 |
▲小松石の間知積みの石柵基礎 | ▲墓石に加工される本小松石 |
平塚市 真土神社, | 真鶴町岩 |
小松石の間知石には一部に節理面がみえるのが特徴です。小松石の間知積みは、平塚市内でもあちこちで、見ることができます。 | 本小松石は墓石として有名で、甲州小松石など、各地に○○小松石と称する石材が数多くあります。 |
スケールバーは1cm |
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