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平塚の考古資料50選

44. 寺院の存在を示す古代瓦(珠文縁六葉単弁蓮華文軒丸瓦

遺跡名 大会原遺跡(平塚市四之宮字大会原)
大きさ 長さ44 ㎝、瓦当部直径19.3 縲鰀 20.3 ㎝年 代 平安時代(9 世紀)

湘南新道関連遺跡・大会原遺跡発掘調査で、平安時代の竪穴住居(H 1 号住居)のカマドから出土しました。この住居のカマドは灰白色粘土で構築されていますが、側壁の中に丸瓦が4 点(そのうち焚き口側の両端部には軒丸瓦)を補強材として使用し、火床面の奥壁寄りには土師器の小型甕を一対伏せ置き、さらに煙道部に土師器甕を転用するという構造でした。
軒丸瓦のうち1 点は完形品(本資料)で、平塚市内の遺跡から出土した軒丸瓦で完全な形のまま発見された事例としては初めてです。瓦当面の文様には珠文縁六葉単弁蓮華文が施
され、神奈川県内では他に海老名市の国分二寺、横須賀市の宗元寺、小田原市の千代廃寺といった古代寺院の遺跡からも同種の文様瓦が報告されています。
また、住居の覆土中からは同じ文様の軒丸瓦(瓦当部分のみ)が、さらに住居の付近からは飛雲文を施した軒平瓦の破片がそれぞれ1 点ずつ出土しています。


遺跡名 下ノ郷廃寺跡(平塚市四之宮字稲荷前)
大きさ 左長さ6.7 ㎝
    右長さ3.3 ㎝
年 代 平安時代(9 縲鰀 10 世紀)

昭和36・37 年の高林寺境内の調査により風字硯が発見されました。この遺跡は礎石の下に敷く根石や瓦、仏像、緑釉陶器等が出土したことにより、古代の寺院とされ、「下ノ郷廃寺跡」としてよく知られています。
当時、紙が大変貴重であったため、役人は木簡と言う木の板に文字を書き、その時に刀子が必要なことから「刀筆吏」と言われました。そのほかに、硯・筆・墨・水差しの道具が必要となります。硯は大きく風字硯と円面硯に分けられ、さらに、緑釉陶器、灰釉陶器、須恵器や転用硯が使われました。本資料は畿内で生産された黒色土器の風字硯で、県内でも大変珍しい貴重な資料と言えます。
この風字硯が出土した遺跡は寺の講堂跡と推定されていましたが、出土遺物と遺構の再検討から、寺院の可能性を残しながら、同じ官衙建物でも国司館を想定する見解も生まれています。周辺遺跡の解明が重要課題の一つと考えます。


軒丸瓦



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