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身近な地学ハイキング−渋沢丘陵を歩く−

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最終更新 2003年10月
身近な地学ハイキング − 渋沢丘陵を歩く−秦野湧水群と渋沢鉱山−


○コース:秦野駅〜秦野湧水群〜震生湖〜栃窪〜渋沢鉱山
○見 所:水無川と金目川の扇状地からなる秦野盆地には、盆地南東部の今泉や平沢付近に、数多くの湧水池があり、秦野湧水群として全国名水百選に選定されています。この地域にどうして湧水が多いのでしょうか。地形との関係を見ながら、湧水地を歩いてみましょう。また、渋沢丘陵には、大正12年の関東地震で生まれた震生湖があり、稜線沿いからは丹沢山地の表尾根がよく展望できます。渋沢の峠にはかつて渋沢鉱山があり、石膏を採掘しました。ここでは、一般的なハイキングコースとなっているこのコースを地学的な側面から見てみましょう。

■ 秦野駅から3分ほどのところにある「弘法の清水」は弘法大師が杖を突いて清水を湧きだしたと言い伝えられている湧水で、秦野盆地の湧水として有名です(右写真)。この南東にある寿徳寺湧水は昭和34年に簡易水道として作られ、尾尻水源として今も利用されています。太岳院湧水(今泉湧水池)の池底からは縄文〜平安時代の遺物が多量に発見されており、古代から水利用がなされていたようです。現在も池西側に湧水が見られます。
■ このように、秦野盆地には数多くの湧水が知られており、秦野盆地湧水群として、全国名水百選の1つとして昭和60年1月に環境庁(現環境省)により選定されています。盆地内に降った雨は上流部では地下へ浸透しますが、盆地を作る扇状地の礫層を通って下流に運ばれ、扇状地末端にあたる今泉地区で湧水しているのです。この扇状地に入り込む小さな谷戸沿いにも、荒井湧水・小藤川湧水などが湧きだしているほか、地下の地下水層まで穴を開け、地面の圧力で自噴した泉(自噴泉)が、数多く見られます。
■震生湖は1923年(大正12年)9月1日の関東大震災の際、市木沢の北斜面(現在のゴルフ練習場の北壁)が崩壊し、土砂が谷を堰き止めてできた堰止め湖です。寺田寅彦はこの震生湖を調査し、句碑が崩壊土砂からなる高まりの上に建てられています。当初は西湖と東湖に分かれていたようです。
■冬の好天時なら、震生湖付近や栃窪集落東からは秦野盆地や丹沢表尾根のすばらしいパノラマが見られます。秦野盆地が扇状地地形からなることを確認しましょう。地図とパノラマを重ねてみると、表尾根の後ろに檜洞丸南の同角ノ頭が重なり、スカイラインをなしていることがわかります。さらに地質図と重ねて、尾根と地質との関わりを見ることもできます。
■峠集落の南にある市見沢沿いには、かつて渋沢鉱山がありました。この鉱山は昭和9年、平塚市新宿の成瀬林平氏により金銀銅試掘として申請され、昭和10〜23年(1935〜1948年)頃まで石膏を中心に採掘されました。現在でも坑道が数カ所残っています。石膏は丹沢層群のデイサイト質火山礫凝灰岩の中に存在し、海底の熱水活動によって形成されたものと考えられます。熱水により脱色した白色粘土からは石膏に混じって黄鉄鉱や高温石英が現在でも採集できます。篩を使って粘土を洗ってみると、1〜2mmの黄鉄鉱や高温石英を集めることができます(上写真)。

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