火星大接近 2003 (解説 新しい火星像)

コロンビア川・スポーケン洪水とカセイ谷

平成15年秋季特別展図録 平成15年10月発行

大矢雅彦(葛飾区郷土と天文の博物館 名誉館長)


コロンビア川・スポーケン洪水
 アメリカ合衆国の北西部オレゴン州とワシントン州の間を流れる大河がコロンビア川です。流域には火山も多く、磐梯式大爆発をおこしたセントヘレンズ等もあります。
 コロンビア川は玄武岩からなる広い溶岩大地を切って流れます。溶岩が何回も流出して水平に横たわっており、それをコロンビア川が浸食しているので、沿岸でこの露頭を見ることができます。
 ここでかつて更新世(洪積世)と呼ばれる時代に今では想像もつかないような大洪水が起こり、下流のポートランドに至るまでの地形を変えてしまったのです。我々の住んでいる時代は沖積世(完新世)で今から10000年前のことを云い、それから250万年前のことを洪積世(更新世)と呼びます。この更新世の特色は、気候の変動の激しかったことです。寒冷な時には北米、ヨーロッパ大陸が厚さ3000mもの氷床におおわれたり、温暖な時にはほとんど消え去ったりします。そこで更新世(洪積世)のことを別名氷河時代とも呼んでいます。
 氷河の特に発達した時代は4回で、ヨーロッパでは古いほうからギュンツ、ミンデル、リス、ヴュルム、北アメリカではネブラスカ、カンサス、イリノイ、ウィスコンシンと呼ばれます。
 ウィスコンシン氷期の時、氷河の先端(氷舌)の前進によってコロンビア川をせき止め、ミゾウラ湖と呼ばれる湖を作っていました。ところが気温の上昇でこの湖を作っていた氷のダムがこわれ、大洪水となったのです。水の量は2000立方Kmという想像もできない大量のもので、時間単位の流量は7立方Km/hと推定されました。洪水の流速は30m/秒にも達しました。
 日本の大洪水でも普通は4m/秒であるので、いかにものすごいものであったかがわかります。
 この洪水は溶岩大 地を削り、多量の岩屑や氷塊を含んでいました。そして河床を30mも堀り込み、ウィラメート川流域の800平方Kmが浸水しました。図はミゾウラ湖の範囲とこの時の洪水の浸水範囲を示しています。洪水による堆積物の厚さは75mにも達しました。
 この洪水の起こった時代は今から1万3000縲怩P万5000年前の間の2000年間で起きたらしいのですが、一回だけでなく数回起きたようです。氷河時代に起きたので、この洪水を氷河時代洪水とかミゾウラ洪水とも云われます。
 ポートランドには海抜45m、60m、80m、100m、それより上に1段と合計5段の段丘があり、洪水が数回起きたことを示しています。ポートランド大学はこの最低位の段丘上にあります。

スポーケンの洪水の想像図

カセイ谷の洪水地形
火星もコロンビア川と同じく広く玄武岩からなる大地が拡がり、スポーケン洪水によって形成されたのと同じような地形の所があります。マーズ・グローバルサーベイヤーのレーザー高度計(MOLA)による観測結果から作成された地形高度図をもとに、カセイ谷について見てみましょう。
 カセイ谷は上流は細く、中流はふくらみ谷幅が広く、下流は二つの谷に分かれ、谷に挟まれて溶岩台地が浸食段丘として存在します。この二つの谷は深い峡谷となっています。
 上流の水源は細長くなく矩形のような形をしており、ここで水がふき出したのではないかと思われます。この矩形の凹地の上流にいくつかの小さいキザミが見えますが、これは水がふき出して凹地が作られた以後、若干の谷頭浸食があることを示すと思われます。
 中流の幅広い谷底にはいくつかの小型のクレーターがあり、これはこの谷底平野ができてから形成されたものです。
 中流の平原は平坦に見えますが、よく見ると数本の谷が下流側の峡谷の二つの谷につながっています。この地形から大量の水がふき出して以後、多量の水と砂礫で浸食と堆積が行われていましたが、浸食の方が卓越していて、両岸に崖を持つ幅広い谷底平野ができました。
 水流は下流側の二つの狭窄部を通過して流下しましたが、この狭窄部に入る手前でたん水をおこし、中流の比較的平らな平原を作りました。その後、二つの峡谷を通る水の影響が中流に影響を及ぼし、数条の細長い凹地形をつくり出したと解釈できます。
 カセイ谷とコロンビア峡谷では規模、特に高低差ではかなりの開きがありますが、浸食、堆積作用の結果としての地形には類似点が多く、かつて火星でスポーケン洪水と同様の、あるいはそれ以上の洪水があったことをうかがわせるものです。
 この研究は、今後の火星にかつて水があったか、なかったか、の論議の一つの有力な手掛かりとなると思われます。この分野は学問的には天体地形学にあたり、この分野の進展にも一助となるでしょう。

カセイ谷 (MOLAのデータよりカシミールで作成)

カセイ谷位置