食の民具たち 平成16年冬季特別展 (9 酒と神仏の器)

酒と神仏の器

図録 平成16年1月発行

 貧乏徳利通い徳利を提げて酒店へ行き、酒樽下部の栓を抜いて片口に注ぎ、片口から貧乏徳利に酒を移し替えてもらいました。貧乏徳利は酒店が貸し出す徳利で、胴部に大きく酒店名が書いてあります。容量は六合入りから二升五合入りぐらいまでがあり、とくに一升入りが多く使われました。酒はツケで買い、支払いは盆暮れに済ませました。醤油も酒と同じように、徳利を貸し出して量り売りをしていました。昭和以降は、これらの通い徳利から、じょじょにガラスの一升瓶へと変わっていきました。
 白鳥徳利は胴部が丸く膨らんだ首の長い徳利で、お月見にススキを立てる容器として用いられました。酒のお燗は長火鉢の鉄瓶や銅壺に燗徳利を入れて温めました。
 盃やお猪口にはいろいろな絵や文字が描かれています。興味深いのは、除隊記念に賜った盃と、年祝いに配られた盃です。どちらも盃の外底に配った人の名が記されています。戦地からの無事帰還を祝い、近所や親戚の人を招いて、盃を酌み交わしたことでしょう。年祝いは主に77歳の喜寿と、88歳の米寿を祝いました。
 角樽という朱塗の酒樽は、結納に娘の家へ贈られた樽です。祝言には、盃台と三重ねの盃、及びお銚子を一対用いて、三三九度の盃を行いました。銚子に紙の銚子飾りを付け、雄蝶、雌蝶と呼ぶ男の子と女の子が新郎新婦の盃に酒を注ぎました。銚子は鉄製と塗り物がありました。
 庚申講や地神講のときは、掛け軸の前にお膳を置き、供え物をしました。足付の膳に四ッ椀と高坏が付いていました。これを箱にしまい、次の当番の家へ送りました。
 御神酒をあげるには瓶子や御神酒錫を用い、神饌は三方にのせて供えます。農家では神への供え物はオズッキという白木の丸い小皿に盛り、神の膳にのせて供えました。死後の枕飯は、枕団子とともに白木の膳にのせ、埋葬後に墓前へ供えました。

貧乏徳利(びんぼうどっくり) 通い徳利(かよいどっくり) 栓(せん) 片口(かたづち) 量り売り(はかりうり) 一升瓶(いっしょううびん) 白鳥徳利(はくちょうどっくり) 膨らんだ(ふくらんだ) お燗(おかん) 燗徳利(かんどっくり) 盃(さかずき) お猪口(おちょこ) 除隊(じょたい) 賜った(たまわった) 年祝い(としいわい) 親戚(しんせき) 酌み(くみ) 喜寿(きじじゅ) 米寿(べいじゅ) 角樽(つのだる) 結納(ゆいのう) 盃台(さかずきだい) 三重ね(みつがさね) お銚子(おちょうし) 雄蝶(おちょう) 雌蝶(めちょう) 庚申講(こうしんこう) 地神講(じしんこう) 御神酒(おみき) 瓶子(へいし) 錫(すず) 神饌(しんせん) 枕飯(まくらめし) 枕団子(まくらだんご) 埋葬(まいそう)