平塚の道祖神 (神田地区)

田村常安寺

最終更新 1998年5月

田村9常安寺境内
常安寺は植竹部落にある。道祖神は寺院の入口に置かれることはあっても、境内で目にすることはほとんど無い。 ここでは累々と円錐状に積み重ねられた無縁塔群の中に道祖神があった。道祖神の役目は、路傍にあって村人を守ることである。 無縁塔群に混じれば、もうお飾りで身を飾られることもなく、セエトバライに湧く子供達の歓声を聞くこともない。 しかし考えようによっては、風雨にさらされ、街の塵埃に化して路傍に打ち捨てられるより、無縁塔に組み入れられたほうが安らかな余生を過ごせるともいえる。 しかしながらこの塔自体は現役の道祖神として使いものにならないほどくたびれているようには見えない。 また、付近で新塔が造立された様子もない。いかなる運命をたどって現在に至ったのであろうか。

常安寺の無縁墓石

享保4年(1719)単体像
この道祖神は下町(鹿見堂)と上町の道祖神と碑形、刻像、銘文ともまったく同じである。したがって、施主もすべて「一山孤輪信男」という人物であろう。 寺院の関係者であろうが、「一山」とはこの常安寺を指すのか、常安寺の本山である大神の真芳寺を意味するのか不明である。 一山孤輪信男とはどんな人物なのか、そして亨保四年に三基同時に造立された背景などたいへん興味深い。このようなケースはこの一例だけである。  <形>舟型 <材>凝灰岩 <寸>41×24×16 <銘>(正)奉造立道禄神 施主一山孤輪信男 享保四己亥天十二月吉日