「星は昴 彦星 ゆふづつ よばひ星すこしをかし 尾だになからましかば まいて」
大河ドラマ『光る君へ』でも話題になった清少納言の随筆『枕草子』、その第二百三十六段です。実は今月、この章段に登場する天体をいっぺんに見るチャンスが……!?

『枕草子』の「星は」の段に登場する天体は、昴(すばる)=プレヤデス星団、彦星=わし座のアルタイル、ゆふづつ=金星、よばひ星=流星の4つです(よばひ星は彗星という説も)。2024年12月、日が沈んでまもない18時頃であれば、西の空にアルタイルを、南西の空に宵の明星・金星を、東の空にプレヤデス星団を見ることができます。西と東では方角が真逆ですから一目に……というわけにはいきませんが、それでも「星は」の段に登場する天体のうち3つをほぼいっぺんに見ることができます。そこに運よく流星が飛べば……コンプリートですね!都合よく12月14日(土)はふたご座流星群の極大日。満月一日前の月が夜空を煌々と照らすのがネックですが、30分間くらい粘れば1つくらいは流星が見えるかもしれません。12月22日前後には非常に小規模ではあるものの、こぐま座流星群も極大を迎えます。

さて、せっかくなのでそれぞれがどんな天体かを簡単にご紹介しましょう。
昴=プレヤデス星団は、おうし座にある散開星団です。散開星団とは、同じガス雲の中で生まれた言わば兄弟の星たちのあつまり。年齢は1億歳ほどと考えられています。写真に撮ると青白い星雲をまとっているように見えますが、この星雲はもともと星団の星たちを生んだガスの名残というわけではありません。肉眼でも5~7個の星を数えることができます。

彦星=わし座のアルタイルは、夏の大三角をつくる星のひとつです。中国では牽牛と呼ばれます。全天に21ある1等星(もっとも明るい恒星のグループ)のひとつで、太陽よりも高温でやや大きな星です。太陽に比べ非常に高速で自転していることが明らかになっていて、そのせいで赤道方向にかなりつぶれた形状をしています。地球からの距離は約17光年。夜空に見える恒星の中ではかなり近い方です。平安時代中期に成立した辞書で清少納言も読んだ可能性がある『倭名類聚抄』には彦星とともに「以奴加比保之(いぬかひぼし)」の名も牽牛の和名として記されています。

ゆふづつ=金星は太陽系の第2惑星。宵の明星や明けの明星として知られます。

地球よりも内側の軌道を公転しているため、日没後数時間か日出前数時間しか見ることができません。大きさや質量が地球とほぼ同じで「地球の双子星」などと呼ばれることもありますが、その環境は似ても似つかないほど過酷です。気圧が地球(地表)の90倍、表面温度は400度を超える灼熱地獄、大気成分のほとんどが二酸化炭素です。全球が厚い雲に覆われていて、明るく見えるのはその雲が太陽光をよく反射するためでもあります(もちろん地球に近いということもあります)。

よばひ星は流星のことを指しているというのが一般的ですが、彗星など他の天体を表しているという説もあります。流星だとすると「尾だになからましかば まいて」という一文が気にかかります……通常、流星には尾がありません(彗星にはあります)ので。ただ、特に明るい流星が飛んだあと、煙のようなものが残る(見える)ことがあります。「流星痕」と呼ばれる現象ですが(下画像)、もしかしたら、このことを指しているのかもしれません。

ところで、12月14日前後には邪魔者となってしまう月ですが、『枕草子』にもっとも登場する天体でもあります。例えば二百十二段(三巻本の場合)は「月のいと明かきに川を渡れば 牛のあゆむままに 水晶などの割れたるやうに水の散りたるこそをかしけれ」と月を直接の対象としているわけではありませんが、月の光が織りなす美しい情景を綴っていますし、二百三十七段(同前)では「雲は 白き 紫 黒きも をかし ……(中略)…… 月のいと明かき面に 薄き雲 あはれなり」と薄雲をまとった明るい月をあわれと評しています。薄雲をまとった月……もしかしたら清少納言は月光環を見たことがあったのかもしれませんね。

実は『枕草子』にはもう一つ、天体が登場します(あ、もちろん太陽……夕陽などは登場します)。それは「矛星」。百五十三段に「名おそろしきもの 青淵 谷の洞 鰭板 鉄 土塊 雷は名のみにもあらず いみじうおそろし 疾風 不祥雲 矛星 肘笠雨 荒野ら」とあるのですが、この矛星、清少納言が何のことを指しているのかはよくわかりません。ただ矛という形状から彗星ではないかという説があります(彗星にはナギナタボシ=薙刀星という和名もあります)。そういえば今年は紫金山・アトラス彗星が話題になりました(下画像)。平塚の市街地で肉眼でも見えた彗星としては二十数年ぶりで、立派な尾を伸ばした姿が見られました。いま思い起こせば薙刀の形にも見えたような……?もし矛星が彗星であるならば、紫金山・アトラス彗星を見た皆さんは、まさに『枕草子』に登場する天体をコンプリートしたことになりますね!

『枕草子』「星は」の段に挙げられた天体は清少納言が実際に見て”をかし”と感じたわけではなく、前述の『倭名類聚抄』から語感が良いものを選んだだけではないか、という説もあるそうです。が、せっかくなら彼女が心動かされたと考えた方が、それこそ”あはれ”ですよね。
よばひ星=流星は運任せですが、残りの3天体は12月いっぱいであれば日没後すぐに見ることができます。ぜひ清少納言の気持ちになって、夜空を見上げてみてください。寒空の下、風邪だけはひかぬよう気をつけて!