根本しおみ(葛飾区郷土と天文の博物館)
火星の気圧 火星の地表面気圧は約6hPaです(地球の平均気圧は1013hPa)。大気の主な成分は二酸化炭素ですが、季節による変動が大きくなっています。 |
火星の両極には二酸化炭素の氷(ドライアイス)とその下の水の氷でできた極冠があります。この極冠のドライアイスが季節によって昇華したり、凍ったりをくり返して火星の大気に二酸化炭素を放出したり、吸収したりするため、火星の大気の量は季節によって大きく変動します。(図1:ヴァイキングによる地表面気圧の変動)火星の大気量の変動は、気圧にして30%にも及びます。地球では、どんなに強い台風の目でも気圧の低下は10%にも及びません。このように大きな大気量の季節変動は、金星や地球のように大気のある他の地球型惑星では見られない現象です。 図1によると、火星は夏至のときよりも冬至のときに大きく気圧が上がっています。これは、火星の公転軌道が楕円であることがひとつの原因です。もし、火星の公転軌道が円ならば、夏至の時と冬至の時には同じくらいのドライアイスが昇華して、火星の大気を増やすはずですが、火星の公転軌道は楕円であり、冬至の頃に近日点を迎えます。そのため、北極冠の夏至のころよりも、南極冠の夏至(つまり冬至)のころのほうが、極冠が受ける太陽の熱が大きくなり、より多くのドライアイスが昇華し、二酸化炭素が大気にもどります。火星の南極冠は、夏には大気を吐き出し、冬には吸収する、風神の風袋のような役割を果たしています。 |
図1.バイキング着陸船が測定した1年間の地表面気圧 |
火星の気温 地球の160分の1の気圧しかなく、熱容量の大きい海もない火星の気温は「熱しやすく冷めやすい」のが特徴です。そのため地表面の温度差は非常に大きく、夜昼間の温度差は赤道上で100℃、極・赤道間の温度差は120℃もあります。 図2にヴァイキングによる火星の夏と冬の気温と気圧の変化を示します。ヴァイキングの降り立った場所は地球で言えば香港あたりの緯度になりますが、それでも真夏の気温は昼でも竏窒Q8℃、日没と共に気温は急速に下がり、夜明け前には竏窒X3℃まで冷え込みます。さらに真冬には、昼でも最高気温は竏窒V0℃までしか上がりません。地球で記録された最低気温は1983年南極のボストーク基地で竏窒W9.2℃です。昭和基地では最低月平均気温として竏窒S5.3℃(1982年)、また旭川でも竏窒S1.0℃(1902年)が記録されています。火星の真夏の気温は、地球でも全くなじみがないという温度ではありませんが、年平均気温で考えると南極の昭和基地でも竏窒P3℃程度なので、地球は火星に比べて非常に温暖な惑星と言うことができます。地球では、海と大気がふとんのように、季節の温度変化や夜間の冷却をおさえています。 |
図2.火星日単位の気温の変化 Temperature overview Lames E. Tillman |
火星の水蒸気 火星の大気中には、ごくわずかの水蒸気も含まれています。水蒸気圧は地球の南極上空の500分の1程度しかありませんが、このごくわずかの水蒸気によって、火星でも雲や、霜が観測されます。火星の雲は明け方や夕方に現れ、昼間は消えてしまいます。(写真1) 火星の大気の主成分である二酸化炭素と、わずかに存在する水蒸気は、両方とも温室効果気体です。現在でも火星大気中の二酸化炭素の量は、地球大気中の二酸化炭素の量よりも多くなっています。もしも、火星大気中にさらに水蒸気が存在すれば、温室効果の強化には有利になります。火星の気候は、二酸化炭素と水蒸気が大気中に存在して、温室効果が有効に働く温暖な気候系と、二酸化炭素と水蒸気が永久凍土のかたちで地中に存在して、温室効果が有効に働かない寒冷な気候系の両方が可能だったのかもしれません。火星の表面には、液体の水が流れた川の跡のようなものがたくさん見られます。もしそれが本当に川の跡なら、昔の火星は川があるほど温暖な気候だったことになります。火星は、過去の温暖な気候系から、現在の寒冷な気候系へと移行したのかもしれません。火星が本当に過去において温暖で、表面に液体の水が存在したのかどうかを明らかにするためには、地中の二酸化炭素と水の量の観測が必要です。液体の水の存在は、そこに生命が発生していた可能性を示しているため、今、大きな注目を浴びています。 |
写真1.雲がかかるオリンポス山 NASA |
ダスト 火星の大気中には常に、大きさが1000分の数ミリの大きさの粘土や酸化鉄の微粒子(ダスト)がある程度以上存在しています。地球では大気による散乱で空が青く見えますが、火星ではダストによる散乱で空は橙色から暗赤色に見えます。(もし将来、火星に人間が住むようになったら、火星人が思っている「空色」は地球人にとっての「ピンク色」を指す言葉になるかもしれません。)ダストは太陽光を吸収してあたたまり、その熱で大気をあたためています。このダストによる加熱が、火星大気を鉛直方向に安定な大気にしています。安定な大気とは、対流が起こりにくい大気のことです。地球の場合、地表付近に暖かい空気があって、上空に冷たい空気がやってくると、暖かい空気は上に昇ろうとし、冷たい空気は下に降りようとするために対流が起こります。対流によって空気が上昇するところに雲が発生します。火星の大気が安定だということは、雲ができにくい大気だということになります。コンピュータによる数値計算では、火星の大気では対流の起こる範囲は狭く、時間も限定されているという結果がでています。おそらく、火星で朝夕に観測される雲は、狭い範囲で限定された時間に起こった対流の結果なのでしょう。 そして、ダストの存在は、火星に惑星規模の大砂嵐という、他の惑星では見られない現象を引き起こしています。 |
火星の砂嵐 火星の砂嵐は、これを無視しては火星の気象を語れない程重要な現象です。局地的な砂嵐は年に100回程度起こっていますが、時として惑星規模の大砂嵐が発生することがあります。(写真2) 大砂嵐は起こっても年2回、全く起こらない年もあります。大砂嵐は発生の時期と場所が決まっています。南半球の春から夏にかけて、以下の場所で発生した砂嵐が惑星規模の大砂嵐にまで発達します。 ・ヘラスの北西端とノアキスの間の傾斜面 ・クラルス水路の西、南、あるいは南東に面した傾斜面 ・大シルチスの東の低地イシディス平原 大砂嵐が発生する場所はいずれも東や南東向きの傾斜地で、大砂嵐の発生に関して地形の影響が大きいことを示唆しています。 図3はヴァイキングによって観測されたダストの光学的厚さを示しています。光学的厚さが0の時は大気が透明な時、数字が大きくなる程大気中にたくさんのダストが存在して、大気が不透明であることを表しています。もちろん、大砂嵐が発生している時は大気が不透明になります。図1と比較すると、大砂嵐が発生する時期が、火星の気圧が高くなる時期と一致していることが判ります。風神が風袋の口をゆるめるころ、つまり南極冠から二酸化炭素が吹き出すころ、大砂嵐が発生するのです。 この大砂嵐発生のメカニズムはまだはっきりとは解っていませんが、現在一番有力な考えでは、以下のように説明しています。 まず南半球の春から夏にかけて大気中のダストの量が増大することが観測されています。南半球ではこの時期、南北の温度差が増大するため、その温度差を解消するために大気の流れが激しくなり、そこで極地嵐が頻発するようになります。この極地嵐によって、大気中のダストの量が増加するのです。大気中に大量に浮遊するダストは太陽光を吸収して大気を暖めます。ダストによる大気の加熱は、惑星の大気の循環を強化する方向へ効いてきます。 ここに地形による効果が重なって、両者が強めあうような場所で砂嵐が発生します。砂嵐が発生した場所ではさらに大量のダストが大気中に巻き上げられることになり、さらに大気を加熱し、惑星大気の循環を強化します。このようにして、ダストは赤道地方や北半球にまで運ばれて、惑星規模の大砂嵐にまで発達する、というものです。 いずれ、さらにたくさんの探査機による観測データが得られるようになれば、大砂嵐発生のメカニズムも解明されるでしょう。 |
図3.ダストの可視光に対する光学的厚さ(Zurek 1982) 惑星気象学 松田2000(東京大学出版会) |
写真2. 2001年7月に火星全体を被った大砂嵐(大黄雲とも呼ばれる) (HSTSCi) |
旋風が作った渦巻き模様 (NASA/MSSS) |
Wirtz クレーターの砂丘 (NASA/MSSS) |
シリア地域(まん中下)のダストストーム (NASA/MSSS) |